Haskellにはなぜfor文がないのか -最終章-
もう去年のことになるけど、「Haskellにはどうしてfor文がないんだ?」というタイトルで日記を書いた。
「再帰で繰り返しが表現できるのは分かるが、for文だってあったっていいじゃん」という意味で書いたつもり。
そこから話がのびて、FP界の諸先輩方であーだ、こーだ盛り上がっていたみたい。今の今までそんなことになってたなんて気づいてませんでした。すいませんでした。そして貴重な御意見ありがとうございました。とてもためになるので、ちょっとまとめてみました。
- http://www.jmuk.org/d/?path=2006/01/08#d08t02
- http://d.hatena.ne.jp/lethevert/20060108/p6
- http://d.hatena.ne.jp/soutaro/20060108/1136728148
- http://d.hatena.ne.jp/sumii/20060109/1136767638
- http://d.hatena.ne.jp/lethevert/20060109/p1
- http://www.shiro.dreamhost.com/scheme/wiliki/wiliki.cgi?Shiro
- http://www.jmuk.org/d/?path=2006/01/11#d11t03
- http://www.haskell.org/~pairwise/intro/section4.html#part1
- http://d.hatena.ne.jp/lethevert/20060111/p1
(もれてるリンクないだろうか?)
糖衣構文、構文糖衣?、構文糖??、末尾再帰を最適化???、道は嶮しい。